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ロベルト・シューマン

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ピアノ独奏曲全集 (ライヴ録音)

さて、シューマンの話に戻りましょう。

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回の演奏会を通じて私が向き合った、登頂

すべき高い山、避けなければならなかった落とし穴、長期にわたる内なる旅……。

シューマンの作品群の中に深く分け入っていくと、私たちは容易に道に迷ってしま

います。そこには、道しるべとなるような古典的な法則が存在しないからです。しかし

前進を続けると、作品同士が互いを解明する鍵となっていることに気づかされます。

作品全体に、“コード化”された関係性の網目が潜んでおり、奏者はこれを探偵のよ

うに解読していかなければなりません。私は、手がかりを突き詰め、糸口を明らかに

し、ひとつの足跡を見つけたら、その次の足跡を探す……という作業を繰り返し、そ

うした発見の数々に陶酔しながら、時間の感覚から自由になっていきました。シュー

マンの全作品を貫いている有機的な要素、ヴァイブレーション、そこに隠されている

声を、理解したかったのです。そして最終的には、あのシューマンの音楽に特有の“

トランス状態”に至りたいと思いました。それは、大変な労力を注いで初めて到達しう

るものです。彼の音楽は、風の吹くまま気の向くままに真髄に接近できる種のもので

はありません。そうした中で、シューマンの音楽を声に出して歌ってみることは、彼の

意図をつかむ助けとなりました。

全曲録音中に突きつけられたもうひとつの難題は、エネルギーの配分でした。自分

の力だけが頼りでしたから、疲労は禁物でした。とはいえ、全曲演奏会が始まる

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月前に、私はほとんど眠らず練習に没頭しました。全曲録音プロジェクトには、運動

競技になぞらえられる側面があります。シューマンの作曲書法の極端な性格ゆえ

に……。私はまるで、半年ごとにオリンピックに出場しているかのような気分でした。

しかし、ある段階から、身体的な疲れを感じることはなくなりました。複数回にわたる

ライヴでのレコーディングのために、規則正しく計画的に準備をこなしていくことを

強いられました。ある種の枠組みや、これにふさわしいエネルギーが求められたわ

けです。聴衆の存在が私を支え、推進力や勢いや活力を与えてくれました。自分に

は、実験室にこもるようにスタジオでレコーディングを続けたグレン・グールドのような

方法は向いていません。私が必要としたのは、すべてを積み上げたうえで、これを

本番で一挙に放出することでした。