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ロベルト・シューマン

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ピアノ独奏曲全集 (ライヴ録音)

初めて弾いたシューマンの作品は《子どものためのアルバム》です。とはいえ、本当

の意味でこの作曲家の世界に没入するようになったのは

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歳前後で、《交響的練

習曲》や《ピアノ・ソナタ第

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番》、《謝肉祭》、《子どもの情景》を弾き始めてからです。

シューマンの音楽との相性の良さを直感しました。少しずつ私は、彼の内なる世界

や、彼の感情が織りなす情景に強い親近感を抱いていきました。それはまるで、自

分がすでに知っている言語が話されている国の中に、身を投じるような感覚でした。

私には、古典的に感じられるショパンの作品よりも、シューマンのそれのほうが合っ

ているように思えました。ショパンの音楽には、シューマンの音楽にはない、ある種

の完璧さがあります。一方でシューマンの音楽には、すべてを吹き飛ばすような衝

動や、露骨なまでの率直さ、切迫感があります。彼は、ある気分から別の気分へと、

前触れもなく一気に移行します。私には、こうした気まぐれで起伏に富んだ性格が

自分に合っているように感じたのです。シューマンの多声的な書法が、荒々しく難

解に聴こえることもあるでしょう。しかしリストとは対照的に、シューマンは聴き手を誘

惑するタイプの作曲家ではないのです。

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歳代の頃に、シューマン・コンクールに出場するために東ドイツのザクセン州ツヴ

ィッカウ、つまりシューマンの生地を訪ねました。ホスピタリティにあふれた街とは言

いがたい雰囲気に包まれていました。戦時中に破壊されてしまったツヴィッカウは、

兵舎が並んでいるかのような外観でした。しかしシューマンの魂は、まだこの街で息

づいています。彼の生家が残されており、シューマンの名を冠したコンサート・ホー

ルもあり、地元のひとびとは彼の音楽を深く愛しています。ツヴィッカウに到着したと

き、私はシューマンという存在に憑りつかれたような気がしました。この地で彼の身

体的・精神的な痛みを追体験し、彼の苦悩を自分のことのように受けとめたのです。

実際、私は彼の約

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曲の作品を自分のものにしなければならない状況にありまし

た。四六時中、シューマンのことばかり考えました。幸いにも私は、グラン・プリを手

にしてこの街を発つことができました。