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ベートーヴェン
『大フーガ』は、管弦楽的ともいえる豪華さで、揺るぎない、目がくらむほどの、
革新的なひとつの総体となっている。ベートーヴェンはこの曲で、自ら科した音楽
的な限界をぎりぎりにまで押し広げた。それは途方もない交響楽的前進だった。し
かしおそらく、総合的な勝利の作品では全くないだろう。というのも、天に向かっ
ていくような勢いのフレーズにある狂喜にも、至極重みのある性格や、全く悲劇的
な響きや色彩が常に保たれているからである。フーガに頼ることは、頑固で、強力
で、もったいぶらない行為だ。このような形式的な「距離」を通して、予測できな
いもの、多種多様なもの、独立したものの表現そのものを再び見いだすとは、ベー
トーヴェンの天才のなせる業である。
ベートーヴェン独特の音楽語法とは、限界の語法である。彼は、
傑作を生み出す傑出した権利を、自らの音楽を聴く権利を、自ら
の中でこれを中断する権利を持っているのだ。