LDV97

ダヴィド·グリマル / レ·ディソナンス 27 あなたが先ほど触れたとおり、エネスクは、母国の伝統音楽を自身の作曲様式の中に組み 入れた中欧の作曲家たちの世代の一人です。この点に関して、彼の一連の作品にはどのよ うな特性がみられますか? バルトークも自作に大衆音楽を取り入れました。彼は、口承音楽が含みもつ“伝達されえな いもの”を伝達しようとはせず、その書法を“簡略化”させました。それでも彼の作品の中で は、大衆音楽の“精神”はそのまま維持されています。譜面に残されずに口承で受け継がれて きた伝統音楽では、必然的に書法は簡略化されます。リズムの表記、装飾音や非平均律の 音程の記譜……それは、伝統音楽においては「記す」ことが難しい現象、移ろいゆく一時的 な現象を、固定しようとする行為です。エネスクは、抑揚、四分音、グリッサンドやヴィブラー トの仕方を書き記し、時には一音に複数の指示を添えることで、オーセンティック(真正)な 表現に至る道を演奏者に示そうとしています。エネスクは、村の土ぼこりや、麦畑に注ぐ陽光 や、道端で物語を歌い聞かせる老人の日焼けした肌の匂いを、私たちに感じさせようとして いるような印象を受けます。バルトークとエネスクは、いずれもルーマニアの地で――かたや ハンガリーで、かたやモルダヴィアで――生をうけました。とはいえ、二人の作曲家の感性は かなり異なりますし、おそらく同じ村々を足しげく訪れることもなかったでしょう。私たちは、 彼らの作品を“国”単位で解釈していますが、じっさいのところ、それらは別の地域をあつかっ ており、別の地理的論理にもとづく歴史を有しているのです。

RkJQdWJsaXNoZXIy OTAwOTQx