LDV97
ダヴィド·グリマル / レ·ディソナンス 25 彼の音楽は多面的だということですか? 彼の音楽には主に二つの面があると思います。一つは民俗的な素材。そしてもう一つは、そ の変容です。彼はフランスで学んだことを発展させながら、数々の作曲上のテクニックを要す る音楽言語を頼りに、民俗的な素材を変容させたのです。時に極端なまでの濃密さと複雑 さを併せもつ彼の音楽は、聞き手にも演奏者にも相当な努力を要求します。私たち演奏者 には、それらを明快に分かりやすく演奏する義務があります。エネスクは、熱烈な書法に押し 流されていることもありますが、私たち演奏者は、一連の情報を整理し序列化できなくては なりません。さもなければ音の中で溺れてしまいますからね! それはナディア·ブーランジェが彼の《ソナタ第1番》について語った言葉にも通じます。彼 女は、“このソナタは下手な演奏家たちの手にかかると、音が多すぎる音楽として聞こえる” と指摘しました。そして彼女は、“声部とニュアンスがやや過剰に詰め込まれた無数の音の 中から、奏者が主たる線を引き出すことができれば(そのためには創造的でなければなら ない)、このソナタはより明瞭に聞こえる”とも述べています。 ブーランジェは、エネスクの音楽を取り巻く問題を、とても明快に言い表しています。それ は、心と叙情性を求めるいっぽうで、大いなる明晰さを求める音楽であり、官能的でありな がら知的でもある音楽です。私たち演奏者は、明確でありつつも言外ににおわせる表現を目 指し、細部を把握しつつも細部にとらわれすぎないよう注意し、譜面に忠実であろうと努め つつも、決して霊感を立ち消えさせてはならないのです。
RkJQdWJsaXNoZXIy OTAwOTQx