LDV80

34 ベートーヴェン ました。ふだんは気づきませんが、たとえば強弱表現の幅は、自分が考えている以上に広 がるものです。とりわけ、同じピアノ(p)でも、さまざまなアプローチがありえます。表現の可 能性は無限大なのです。私の場合は録音を通して、より柔らかく、より弱音で弾くすべを学 びました。“弾き過ぎ”なくとも、音は響く……そう自分に言い聞かせました。また録音は、リ ズムを忠実に映し出してくれますし、ふだんとは全く異なる見地からテンポを把握する機会 にもなります。その結果、私は、楽譜を見ながら録音するのを好むようになりました。あらゆ る意味において、テクストにいっそう密着する必要があったのです。 レコーディングに備えて、何か楽譜に書き込んでいましたか? ふだんから、楽譜にはあまり書き込みません。しかも私の場合、書き込みが増え過ぎたとき には、楽譜を買い直します。もちろん、全ての楽譜を保管してありますよ。指づかいなどを 再確認する必要がありますから……。 ベートーヴェンが記したものに既に十分な価値があり、当然、全ては、それをどう奏でるか にかかっています。彼が書いた一つ一つの音が神聖なものであることを忘れてはいけませ ん……。じっさい、楽譜を見ながら弾くと、周囲には随分と違った演奏に聞こえるようです。 緊張して録音にのぞんだのでしょうか? レコーディング前の数日間は特に、自分自身に妥協しませんでした。マイクは容赦ないで すからね。全てを検討し直し、自問し、自分の至らぬ点を徹底して解決しようとしました。細 かな経過音や、つい忘れがちな——あるいは反対に、やや機械的に行ってしまいがちな—— 強弱表現など……。いっぽうで演奏の勢いが滞ると、聴き手にもそれが伝わってしまいま す。いずれにせよ、録音チーム皆が全力を注ぎました!熱気は徐々に高まり、フーガの録 音で最高潮に達しました。満足のいくテイクが録れたときには、解放感に包まれました。

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