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テオ・フシュヌレ 31 《ワルトシュタイン》を組み合わせた理由もお聞かせください。 聴き手にとっては《ハンマークラヴィーア》に比べると、より親しみやすく雄弁なソナタです ので、この重要な作品を組み合わせることにしました。《ハンマークラヴィーア》は“聞きごた え”がありますが、やはりどちらかといえば、難解で暗いイメージがありますから……。《ワル トシュタイン》が、より広く知られていることは間違いありませんし、おそらくは、より“取っ付き やすい”ソナタと言えますよね。 他方、二曲には多くの共通点もあります。いずれのソナタも、それぞれ個性的で、“実験工 房”のような様相を呈しています。楽器の進化史の観点から見ても、楽器の扱いそのものに おいても、ベートーヴェンの実験的な姿勢が驚くほどふんだんに見出されます。 たとえば《ワルトシュタイン》の終楽章では、ダンパーペダルの先例のない革新的な使用法 が際立っています。ブロードウッドでの演奏を想定して書かれた《ハンマークラヴィーア》で も、ベートーヴェンの並々ならぬ独創性が随所で光っています。その最たる例は、終楽章 の冒頭に置かれた緩やかな序奏でしょう。 二曲には共通点があるとおっしゃいましたが、その“語り口”も共通しているのでしょう か? いいえ。その点では二曲は根本的に違いますし、対照的とさえ言えます。《ワルトシュタイ ン》には、極めて人間的な……何か強く“心に響く”ものがあります。とりわけハ長調という主 調が、私たちの心にじかに語りかけ、曲の表現内容を普遍的な規模へと広げています。こ のソナタにおいてベートーヴェンは、誰かの度肝を抜こうとはしていません。第2楽章の緩 やかで胸を打つ序奏とその回帰は、神秘的な夢幻の世界を呼び起こします。 他方《ハンマークラヴィーア》は、よりいっそう荒々しく、よりいっそうの葛藤をはらんだ音楽 です。

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