LDV77
イザイは6つのソナタを作曲中に、当時すでにヴァイオリン音楽の最高峰とみなされてい たバッハの《無伴奏ソナタとパルティータ》を念頭に置いていました。イザイのソナタの中 には、バッハの6曲のどのような“形跡”が見いだされるのでしょうか? バッハはソナタとパルティータにおいて、教会ソナタや世俗舞曲に由来する古い形式を用い ており、イザイはそれらを踏襲しています。その最たる例が、第1番と第4番でしょう。イザイ は第1番をつうじて、バッハの《ソナタ第1番》に敬意を表しています。いずれもト短調です。イ ザイのソナタの冒頭には〈グラーヴェ〉楽章が、バッハのソナタの冒頭には〈アダージョ〉楽章 が置かれていますし、イザイの第2楽章〈フガート〉は、バッハの第2楽章〈フーガ〉と呼応して います。 イザイの《ソナタ第2番》第1楽章〈執念〉の出だしでは、バッハの《パルティータ第3番ホ長 調》の前奏曲が引用されています。さらにこのソナタ全体で、グレゴリオ聖歌“怒りの日”のモ チーフが執拗に鳴らされます。 とはいえイザイのヴァイオリン書法は、バッハの時代のそれとは異なります。ヴァイオリン製 作家たちは、時代とともに、より音量の大きな楽器を志向するようになりましたが、それを促 したのが、19世紀のすぐれたヴァイオリン奏者·作曲家たちがこの楽器にもたらした技術的 進展です。イザイが手にしていたヴァイオリンは、バッハの手元にあった楽器とは似ても似つ かぬものです。ヴァイオリン以上に大きな変化を遂げたのが弓です。イザイが用いた弓の形 状は、もはやバッハの時代の弓とは別物でしたし、テクニックもまったく異なります。ヴァイオ リンの“表現手段”も、グリッサンド、ヴィブラートなど、多様化しました。そしてヴァイオリン 書法は、より広い音域で展開されるようになり、奏者はネック(棹)全体をくまなく駆使する ようになりました。バッハは、いわばヴァイオリンにオルガンの要素を導入しました。いっぽう イザイは、この楽器の表現のエッセンスを解き放ち、20世紀初頭の音楽言語の発展に寄り 添いました。 34 イザイ / 6つの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ作品27
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