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フィリップ·カサール 25 本盤に収められた2つのピアノ・ソナタは、一夏の始まりと終わりに作曲されて いる。イ短調のD845(第16番)は1825年5月に完成したが、このソナタは実 のところ——第2楽章〈アンダンテ・ポコ・モート〉を別にすれば——「冬」を体 現する音楽であり、身を切るような寒風と不吉な死への呼び声に貫かれてい る。シューベルトは翌6月に小旅行のためウィーンを離れ、9月末まで、ザルツカ ンマーグートを散策した。このとき彼の胸を満たした清々しい空気とエネルギ ーと喜びは、8月に完成したソナタD850ニ長調(第17番)の4つの楽章に余す ところなく注がれている。 この似ても似つかぬ2つのソナタの第1楽章で、シューベルトはベートーヴェンにならって、 八分音符4つと四分音符1つから成る同一のリズム・モチーフを扱っている。ただしモチーフ は、D845では冒頭の八分音符に、D850では最後の四分音符に、それぞれ鋭いアクセント をともなっている。そしてこのたった1つのアクセントの“ずれ”が、モチーフの性格に決定的 な違いをもたらしている。2つのリズム・モチーフは、片や不動で気難しい印象を与え、片や 際限なく湧き出でる動的な活力を感じさせる。

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