神々しいカヴァティーナとして書かれた第5楽章〈アダージョ・モルト・エスプレッシ ーヴォ〉について、ベートーヴェンは全ての自作の中で最も自分の心を打つ音楽だ と述べた。イザイ四重奏団が贈り物のごとく差し出すこの楽章の終盤に、ベートー ヴェンは「Beklemm(t 息が詰まるように)」と記している(第42小節)。この演奏指 示が付された一続きの嘆息は、第1ヴァイオリンよって、響きをぼかすG線上で「ソッ ト・ヴォーチェ(ひそやかな声)」で奏でられる。 以上で論じたベートーヴェンの三つの創作期は、レンブラントがキリストの描写に 順に用いた三つの作風と共鳴し合う。初期作品で自身の若々しい力を満喫したレ ンブラントと同じように、初期のベートーヴェンも、ハイドンが定着させモーツァル トが発展させた[弦楽四重奏曲の]枠組みを快く受け入れた。まずレンブラントは、 キリストを聖書のさまざまな場面の登場人物として描いた。彼は、その各様相を独 自のものにしながらも、同時代のあらゆる慣行にならっている。というのも、当時の 彼が目指していたのは独創性ではなく、理解されることだった。ベートーヴェンの 中期の熟した作風も、レンブラントの中期作品——キリストは受難をこうむる人類 の代表者として描かれている——を彷彿させる。《弦楽四重奏曲第6番》から6年 の空白を経て、このジャンルに戻ってきたベートーヴェン自身も、すでにさまざまな 試練に直面していた。その筆頭が難聴という打撃である。外的な衝撃——とりわ け1809年のナポレオンによるウィーン占領——は、彼の世界観を強く揺さぶった。 74 ベートーヴェン | 弦楽四重奏曲(全曲)
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