全聾となったベートーヴェンは、早くも作品127の冒頭から、これ以上ないほどに 官能的な響き(2重音ないし4重音の和音から成る響き)を強く求め、私たちの胸 を打つ。開放弦、最良の響きを生むポジション、それらの官能的な6度音程の響き が混ざり合うと、脳内で響きの快楽を存分に味わうベートーヴェンの渇望する身 体があらわになる——彼の現実世界では、あらゆる具象的な喜びは不在かつ、排 除されていたにもかかわらず。 それは、次なる第2楽章〈アダージョ〉と完全なコントラストをなす——〈アダージ ョ〉冒頭の20秒間に、沈思と半疑をともなう期待感に耳を傾ける私たちは、一体こ れはどの時代に属す楽曲なのかと自問することになる。同じくバス・パートで響く 変ホ音を介して、未来の《ラインの黄金》に思いを馳せているのだろうか?(ワーグ ナーの場合、変ホ音の持続は約30分にもおよぶ。)あるいは同時代の作品に? 驚嘆させる道を選んだイザイ四重奏団は、慈悲深い疑念を長引かせるアーティキ ュレーションによって確信を中断させながら、奇妙な感覚を引き伸ばし、それを巧 みに持続させていく。 70 ベートーヴェン | 弦楽四重奏曲(全曲)
RkJQdWJsaXNoZXIy OTAwOTQx