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ウィレム・ラチュウミア 47 《シンデレラ》について、さらに詳しく伺います。第二次世界大戦中に編まれた3つのピア ノ組曲に、作曲書法の進展は認められるのでしょうか? おっしゃる通り、進展がみられます。最後の組曲Op.102の終曲〈愛をこめて(アモローソ)〉 は、霧の中から出でる迫力あるフレスコ画に喩えられます。この曲が、全組曲中、最も緻密 な書法で書かれていることは間違いありません。他の曲とは様式が全く異なります。一方、 色々な舞曲から成る組曲Op.97では、舞踏会のエピソードが主眼に置かれていると言えま す。よってブーレ、パスピエなど、短めの曲が並ぶ組曲に仕上がっており、その曲調にはプ ロコフィエフらしい辛辣さや皮肉が色濃く表れています。組曲Op.95全体は、〈ゆるやかなワ ルツ〉をメインに、有名なガラスの靴のエピソードを音で描いています。 プロコフィエフのピアノ音楽の技術的な側面を、どのように捉えていらっしゃいますか? プロコフィエフは、何よりも自分自身が演奏するためにピアノ音楽を書いた作曲家です!ラ フマニノフもそうですね。彼らのような偉大な“コンポーザー・ピアニスト”たちは、自らの手 の形に合わせて、独自のテクニックを生み出しました。 プロコフィエフのピアノ演奏に関しては、録音だけでなく映像も残っています。残念なが ら映像は無音なのですが、それでも、彼の左手の驚くべき柔軟性を観察することができま す。それは誰にも真似できないものであり、彼と他の作曲家たちのピアニズムのあいだに大 きな違いを生み出している一因であると思います。その点にこそ、彼のピアノ音楽を技術的 に手懐けるための“鍵”の一つが潜んでいるのではないでしょうか。映像を見ると、プロコフ ィエフが、あの極めて独特な音型を、どのように指を開いて弾きこなしていたのかが、よく分 かります。もちろん、これには他の多くの要素も絡んできます。例えばプロコフィエフの作品 を弾くには、驚異的な速さで両手を移動させなければなりません。彼の音楽に挑むピアニ ストは、技術的な“打開策”を各自で、そして独自に見出していくしかありません。
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