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44 ラフマニノフ // ムソルグスキー すでにラフマニノフのピアノ協奏曲全曲を録音なさっている貴方が、今回《6つ の楽興の時》を選曲した理由をお話しください。 《 6 つの楽興の時》は、実に魅力あふれる曲集です。ラフマニノフは作曲当時 23 歳という若 さでしたが、早くもこの曲集は、後年の作品に見出されるあらゆる感情、苦悩、ノスタルジー を湛えています。私はこれまで《 6 つの楽興の時》の数曲を繰り返し弾き、このレパートリー に事あるごとに立ち返ってきました。この曲集の書法には、鍵盤の“手綱”を決して緩めず、 常に音楽の内部に留まってフレーズを形作り、均整の取れた音楽の流れを生み出さなけ ればならない、と感じさせる何かが潜んでいます。私たちピアニストは、絶えず音楽的な線 を把握し、それを然るべき方向へと導きます。喩えるならば“音の彫刻家”のように、素材を 扱うというわけです。《 6 つの楽興の時》では、幾つかのパッセージがあたかもオルガンのよ うに響きます。ラフマニノフが到達した見事な響きの配合は、時に“神聖な空間”に通じる途 轍もない振幅を生み出しているのです。《 6 つの楽興の時》を演奏している時、私は自分自 身を上回り、超越したような感覚をおぼえるのですが、それは筆舌に尽くせない高次元の 体験です。当然それは、ありとある技術的な課題を克服した先にある体験です……!《 6 つ の楽興の時》は、実のところ極めて複雑な作品です。奏者は、演奏中に頭の中で考えるべ きことと、指で表現すべきものを、明確に把握している必要があるからです。指揮者のロベ ルト・ベンツィから、次のような冗談を言われたことがあります。“ラフマニノフを上手く演奏す るためには、まず書かれている全ての音符が弾けるようにならなくてはならない。だがいっ そう大事なのは、その全てを演奏してはならないという点だよ!”

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