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ゲイリー・ホフマン | ベルギー王立リエージュ・フィルハーモニー管弦楽団 | クリスティアン・アルミンク 51 そうであれば、彼の願いは無力だった。初演は不成功に終わった。他の楽曲を振る指揮者 アルバート・コーツが総稽古の時間をほぼ使いきってしまったからだ。そのせいで、《チェロ 協奏曲》を指揮するエルガーには、独奏者フェリックス・サルモンドとリハーサルをする時間 がほとんど与えられなかった。初演に居合わせた聴衆は、まず冒頭でソリストが奏でるカデ ンツァに面食らった。彼らを当惑させたのは、それだけではない。〈モデラート〉の哀愁を帯 びた曲調と悲しみに満ちたフレーズ。第 2 楽章〈レント〉の、リュートを彷彿させるピツィカート (トバイアス・ヒュームのヴィオル作品を想起させる)。気まぐれな〈アレグロ・モルト〉。 第3楽 章〈アダージョ〉の、常に沈黙と隣り合わせのパッセージ。極めつけは、終楽章の強烈な激 情……。 作品はその後、コンサートホールから姿を消した。エルガー自身が 1928 年 3 月に ビアトリス・ハリスンを独奏に迎えて行った録音を別にすれば、《チェロ協奏曲》は人々から 忘れ去られた。やがて、ようやくこの作品に再び息を吹き込んだのが、パブロ・カザルスが ロンドンでエイドリアン・ボールトと共に行った 1945 年の録音である。《チェロ協奏曲》は、仰 々しい表現よりもむしろ郷愁に支配されている。たとえ旋律や主題の構造が狂詩曲にもと づいているとはいえ、このエルガーの作品は、チェロ協奏曲の傑作が生まれたロマン主義 時代の黄金期に別れを告げているように見える。そしてその強烈な詩情は、ブラームスの 晩年のピアノ作品に対する論評をすぐさま想起させる。 1920 年 4 月 7 日、アリスが息を引き取 った。かつてエルガーは、《エニグマ変奏曲》の第 1 変奏でアリスの姿を描いている。《チェロ 協奏曲》は、彼が手がけた、最愛の妻の最後の“肖像画”であったのかもしれない。

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