LDV38.1

43 セドリック・ペシャ 《平均律》の書法の中に見出される即興性について、詳述いただけますか? 即興性が《平均律》において重要な役割を演じていることは確かです。私自身は、 幾つかの前奏曲が極めて短い時間で作曲されたと確信しています。場合によって は、数十分で書き上げられた前奏曲もあるかもしれません!バッハには、のんびりと 作曲している暇はありませんでした。自筆譜に何かを削除した跡が見当たらないこと も、そのあかしです。 各巻の内部に、あるいは第1巻と第2巻の間に、バッハの書法の進展を感じ取るこ とはありますか? 第1巻には、明らかに曲集全体としてのまとまりが見て取れます。当時のバッハは、ト ーマスカントルに就任したライプツィヒで、自身の完全なる熟練を示す必要があった のかもしれません。第1巻冒頭の、最も有名な〈前奏曲 ハ長調〉は象徴的です。旋 律はなく、伴奏だけが展開されるのですから……。この前奏曲とは対照的に、第 1 巻 の最後を飾る〈フーガ ロ短調〉は、最も感動的であり、バッハが作曲した最も美しい 旋律のひとつを聴かせます。つまり演奏者は、この上なく純化された徹底して全音 階的な世界を発ち、先例のない半音階的な洗練の世界に行き着くのです。このよう な魅力的な書法のコントラストは、第 2 巻には見出されません。第 2 巻は、第 1 巻に比 べてはるかに長い時間をかけて作曲されています。第 2 巻では技巧の誇示も、より 控えめです。例えば〈フーガ へ長調〉では、途中、 5 段ものあいだ主題が現れません が、それはおそらく、第 1 巻では決して見られない現象です。バッハは時とともに“規 格”から自由になっていったのでしょう。

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