LDV38.1

41 セドリック・ペシャ 《平均律》の書法は何よりもまず声楽と舞踊を礎としているように思います…… 仰る通りです!《平均律》は、あらゆる音楽の起源である、太古以来の 2 つの要 素――歌と、空間における身体の運動――に立脚しています。前奏曲とフーガに おいて、バッハは多様な方法で歌を発展させています。冒頭の単旋律が、多声音 楽となり(これは全てのフーガに共通しています)、コラール、伴奏付きアリア、二重 唱、レチタティーヴォへと移行していくのです。実際私は、バッハが人類を“抱き寄 せ”、歌わせようとしているかのような印象を受けます。 他方、多くの前奏曲(そして幾つかのフーガ)は、バッハの時代に最盛期を迎えた( あるいは衰退しかけ、あるいは時代遅れとなっていた)舞踊の形式と似ています。こ れを理解するには、バッハの自筆譜に目を通すだけで十分でしょう。彼は“直線”を 一本も書けなかったのです!彼の筆のもとでは、どんなに小さな要素でさえも16分 音符群と結びついて“舞い”ます。そして息の長いパッセージが湧出します。書道を 彷彿させる美の極みを湛えるその筆致は、まさに舞踏であり、そのしなやかな身振り によって、優雅さと力強さと極めて多様な息づかいを表現しています。従って、バッ ハの作品を機械的に演奏することは、理にかなっていません。 当然《平均律》には、声と舞踊という 2 つの“基礎的な”要素と並んで、多くの要素が 詰まっています。基本的にフーガは、知的あるいは数学的とさえ言える音の戯れに 常に支配されています。さらに《平均律》には、宗教的あるいは精神的な問題意識、 修辞学あるいは劇作法の概念も含まれています。そしてバッハが創造した完全な る和声的宇宙においては、 24 の調性が、おのおの固有の情緒を付与され、提示さ れています。また、半音階的手法やギリシア旋法の暗示も忘れてはならない要素で す。器楽の超絶技巧の追求と、教育的な側面も特筆に値します。

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