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33 上野 通明 松村禎三(1929-2007)は京都で生まれ育った作曲家だが、父は尺八、母は筝をたしなん でいたという。邦楽の環境の中で育ちながらも、彼は東京藝大で西洋の音楽を学ぶことに なる。彼が惹かれたのはラヴェルやストラヴィンスキーといった、どこか骨太な、時として「ア ジア」を感じさせる作曲家たちだったが、松村もまた、西洋音楽の枠組みの中でアジア的な エネルギーを追求するようになる。 《祈祷歌》は十七絃筝のために1980年に書かれた作品。筝は元来は十三絃の楽器だが、 合奏の際にチェロ的な役割を果たす楽器として、1920年代に宮城道雄によって生み出さ れたのが、低音を担当する十七絃筝である。その意味で、松村が1985年にこの曲のチェロ 版を発表したのは自然なことといえよう。曲はまさに怨念のように低音がうねり、時にはす すり泣くような表情を見せる。上野自身は、オスティナート的、呪術的な繰り返しの中から「 日本人ならではの陰影を讃える、暗さの中の美を重視する美意識」が伺えると語っている。

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