53 ヴァネッサ・ワーグナー 本盤において、チャイコフスキーとグリーグの小品はメンデルスゾーンの『無言歌集』の作 風を受け継いでいます。これらは、一見すると簡明で、単純な印象すら与えますが、実に深 みのある演奏を生みうる音楽でもあります。これらの作品に、どのようにアプローチしたの ですか? 実は今回、メンデルスゾーンの『無言歌集』の数曲も録音したのですが、ディスクの最大収録 時間の制約があり、最終的に収録は諦めました。とはいえ、完成した本盤がメンデルスゾー ンの“言葉なき詩”の精神を継承していることは明らかです。各曲の簡潔さゆえに、私たちピ アニストは、極端な感情の横溢や、過度な感傷や、甘ったるい表現を避けることができます。 たとえばグリーグの《ピアノ協奏曲》には、より抑制が難しい感情のほとばしりが見受けられ ます……。本盤の録音において私は、種々の情景や、北欧の光や、私たちに大いなる孤独を 抱かせる自然を心に描きました。しかも私の心には、私がノルウェー滞在中に訪れたグリー グの家の書斎と、周辺の長閑(のどか)な田園風景の記憶が刻まれています。概して私が追 求したのは、決して「劇的で派手な」表現や「民俗的な」表現ではなく、ノスタルジックな色調 です。とはいえ、〈トロルドハウゲンの婚礼の日〉のような曲や『四季』の数曲での喜びに満ち た音の横溢は、より大地に根ざした、写実的で生き生きとした雰囲気に私たちを立ち返らせ ます。
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